事業内容
ECサイトの運営、OEM生産代行、3Dレンチキュラーデザイン、広告メディア業、メディアレップなどを行っております。
もう1社別法人でアパレル関係の会社も経営しております。
これから起業をする方であったり、スタートアップして間もない方に向けて、知っておくと知らないでは差がつく知識などを
まだまだ私自身も起業して10年ほどで経験が浅いなりにも感じた事など発信していければと思います。
まず大多数の方が私の事をご存じではないと思いますので今回の記事に関しては自己紹介させていただきます。
私が独立したのは26歳の時になります。
世に言う学力も平均くらいの4年生大学を卒業いたしました。
在学中にアルバイトもほどんどせずにやりたい事、将来の展望など全くといってない
典型的なダメダメな学生で収入源はパチスロだけで生計をたてておりました。
毎日毎日パチンコ店に通ってデータを採取して10人くらいの集団を結成して終わっては飲みにいくの日々繰り返し。
幸か不幸かその時は気づきもしなかったんですが、年間の稼ぎが今の大企業でいう具体的な金額は伏せますが部長さん以上くらいはありましたかね。
これが自分の将来の現実逃避を促進する材料になってしまったんだと思います。
通常大学を在学中に就職活動をして卒業と同時に内定をいただいた先に就職するというのが基本大多数の方の流れだと思います。
私の場合
➡大学在学中パチスロのみで生活
➡在学中一度も就職活動もしない
➡大学卒業後懲りずにパチプロ継続
➡周りの友達が就職して飲みに行ってもどんな仕事をしているのか、どういう事が学生生活の時と社会人になって違うのかなど話す内容も大人な会話に変化
➡劣等感を感じつつもパチプロ継続(笑)
➡23歳の時、学生時代からお付き合いしていた彼女に将来性が見えないという事でフラれる
➡ようやくこのままではいけない変わるんだという強い信念を持つ
➡就職活動開始とはいうものの(何からはじめたら良いのかわからない)
➡まずはネットに自分自身あまり慣れていなかったのでネットに疎い人ごようたし頼るべき強い味方、紙媒体のタウンワークを見て仕事先を探す。
➡未経験でも応募可能な会社に絞る。人と関われる仕事が良かったので営業職にノリで決定(判断する材料、人脈の繋がりパチプロばっかり知識皆無)
➡何十社以上に応募して、3~4社ほど書類選考通過(3社は広告代理店の営業会社)もう1社はこれでもかというくらい知識をつけた某大手パチンコ機器を扱う営業
決め手ははっきり言うと何でもよくはやく内定をもらって安心したかっただけ笑
➡某大手パチンコ機器メーカーの面接日初日ドキドキというかハラハラというか失う者など全くないバーサク状態
これまでの学生生活で身につけた経験など色々と質問で聞かれそうなアンサーを用意していたが、面接官第一声今まで就職もせずに何をしていたの??
普通の人は卒業すると同時に就職するんだけど何故しなかったのか??(心の中での回答 A.普通の人じゃないと言われる事に美学を感じていたから笑)
➡もちろん心の回答はそっとしまいもう落ちるのが当たり前と思い、学生時代から今に至るまでの経緯、パチスロで集団を従えそれで生計を立てていた事
いくらの稼ぎがあった、パチンコ、スロットの知識には絶対的な自信があったので御社が扱う商品に対しての機種の内容であったり
今思えば誰やねんというくらい自分ならこういう機種を出す、ここが良い点悪い点などなどすべて熱く語り続けた結果・・・・・
➡まさかのまさかで某大手パチンコ機器メーカーの内定をいただきましたが、営業拠点が全国展開されている
会社様でどこに飛ばされるかはわからずそこまで県外に長期ステイしてまでのガッツもなくせっかく内定をいただいたのに自ら辞退してしまいました。
➡また先が見えない絶望時代到来他の書類選考が受かっていた広告代理店の会社に面接を行く事にしました。
➡広告媒体社1社目面接官ばりばりキャリアをこなしてきたのが一目でわかるきつそうな女性面接官。案の定予想は的中でぐりぐり聞かれたくない質問のオンパーレードで確実にテンぱってしまい、全く手ごたえなく当たり前のように落とされる。
➡広告代理店2社目
1次二次面接とも奇跡的に通過で最終面接は社長面接BOSS登場、自分の中でどうしても変えられない野望があり、将来何をしたいか❔どういうヴィジョンを持っているのか❔という質問で会社の経営をしたいという夢は捨てれなかったのです。実際雇う立場であれば独立を決め込んでいる者に内定をだすのはリスクが伴うかと思います。最後までその気持ちは変わらないのか❔という質問に答えを断固として変えなかったので案の定最終面接で折り合いがつかず落とされてしまいました。あわよくば答えを変えない強い意志を持っている人間という評価を受けれるかもとか思ってたんですけどね笑 世の中そんなに甘くないですね。
最終内定をいただいた広告代理店
➡最終求人募集のお手伝いをするスペースブローカーの営業として広告代理店から内定をいただきました。
内定をいただいてホッとしたのも束の間、翌週からその会社に出勤するようにいわれたのでスーツ、ビジネスバッグ、名刺ケースなどを
買い集めいざ出陣。ここからが本当の地獄の始まり・・・・・
地獄の内容の続きは次回書いていこうと思います。